発見~ピーター・キャット [マッチコレクション(ジャズ喫茶)]
在庫が全くなくなったわけではないのですだが、そういえばこの頃ジャズ喫茶ネタを書いていないなと気づかせてくれたのが、前々回のdorhamさんのコメントでした。
dorhamさんからいただいたコメントにはジャズ喫茶の事と国分寺のことが書かれていました。それでジャズ喫茶めぐりをしていたときに行ったのは国分寺だったか国立だったか気になりました。確かめるために例の「ジャズ日本列島」を久し振りにひもといてみました。
「ジャズ日本列島」によると当時(1975年)国分寺には二軒のジャズ喫茶があったようです。そのうちの一軒のジャズ喫茶のオーナーの名前を見て、思わず固まってしまいました。
「ピーター・キャット」が店名です。赤く囲んでいるのは私がそこに行ったしるしです。右上に下手な字でメモっているのは、行った日付とその時のコーヒーの値段ですね。
それはよいのですが、店名の横のかっこの中にオーナーの名前が記されているのですが、見て下さい。なんとあの村上春樹さんではありませんか。氏が小説家になる前ジャズ喫茶をされていたのは有名な話ですが、ここがそうだったとは今の今まで全く知りませんでした。
村上春樹というお名前もペンネームだとばかり思っていたので、まさかそのままこの本に載っているとは思いも寄りませんでしたし、同時代でありながら伝説上のこととなると何となく、もっと昔のことと思っておりました。
本や何かで読んで、私なりに村上春樹さんのお店のイメージを勝手に作り上げていました。それはいつか行ったことがある荻窪だったか阿佐ヶ谷だったかの植物に囲まれた自然な感じのする喫茶店で、そこで静かにレコードをかけている村上春樹さんを想像さえしていました。
左が「ジャズ日本列島」に掲載されていた地図です。かすかに線路沿い(高架だったか?)を少し歩いた記憶があります。図では地下になっていますが記憶はもうありません。
もう一つの資料をひもときました。そこには私が行ったお店の印象、簡単な感想などが書き込んであります。で、「ピーターラビット」はありました。
以下私の文です(多少読みやすく直しています)
『ジャズ喫茶と言うより普通のお店にジャズが流れていると言う感じ。音量は中くらいでお客の話し声も聞こえる。カウンターが大きくて、壁際にはテーブル二つとピアノが一台ある。店内レイアウトもあまりジャズ喫茶らしくない。JBL、L-88は入り口の壁の天井近くにかかっていて、なかなか快適な音を奏でている。インテリア、調度品もしゃれている。客はおしゃれな感じのする女性が多かった。』
これだけです。マスターがどんな人だとかは書いてないのが残念ですが、この頃村上春樹さんはまだデビュー前だったので無理もありませんが、せめてどんな曲がかかっていたかくらいは書いておいて欲しかった気もします。
メモしているくらいなので印象に残るお店だったのだと思います。細長いあまり大きなお店ではなかったような、スピーカーもジャズ喫茶にしては小ぶりだったようなかすかな記憶があるのですがあやふやです。ただ、何となく赤とかオレンジ色の印象があるのですが、ほかのお店とごっちゃになっているかもしれません。
たぶんないだろうなと思いながら、古いマッチ箱が詰めてある箱の中を捜してみましたが、やはり「ピーター・キャット」のマッチ箱はありませんでした。変わりに村上春樹さんが学生時代(1970年代始めの頃だそうです)アルバイトしていたジャズ喫茶、水道橋「SWING」のマッチ箱を見つけました。
私がここへ行ったのは1976年のことなので、村上さんはすでに「ピーター・キャット」を開いておられたと思います。
急に村上春樹さんのジャズ関係の本が読みたくなって図書館で借りて読みました。この二冊、前からあるのは知っていたのですが、初めて読みました。
一冊目の一番最初のページにチェット・ベイカーが取り上げられているのはちょっと意外でした。でも、二冊全部読んでみると何となくらしいなと思えました。
村上春樹さんは確か『風の歌を聴け』をピーターキャットで執筆されてます。長編はすべて読んでますがStan Getzを引用している場面はちょくちょく出てきますね。それにしても行ったことがあるとは、、、羨ましいですね。
by tempo (2009-10-23 21:42)
ややや、紹介してくださり、ありがとうございます。
そうですか!これは凄いネタですね!!
村上春樹かぁ…。中学から高校にかかけてよく読みましたが、
当時はジャズの知識が無かったので、想像で補うしか無かったのですが、
かすかな国分寺の記憶を紐解いて読んでいたのかもしれません。
(当時0歳~2歳です・笑)
しかも氏の本で一番好きなのは「風の歌を聴け」なんですね…。
なんだろう、この不思議な繋がり。
いやあ、凄いですね。
しかし氏はウエストコーストジャズが好きだったみたいですね。
言われてみれば小説にもそれがよく出てると思います。
by dorham (2009-10-23 22:06)
残念ながら、私が東京にいた頃には、
ジャズ喫茶は下火で行った事もありませんでした。
歌詞とか噂話でしかきいたことはなかったですが、
今となっては、一度行ってみたいと思いますね。
それぞれの個性が楽しめるのでしょうね。
by たいへー (2009-10-24 08:16)
最近国分寺近辺を歩きました。ここいら辺はJRの大規模な高架橋工事の影響で駅周辺はかなりの様変わりをしています。ビルの立替で昔の面影はないと思いますよ。ジャズ喫茶といえば、中野がホームタウンだった関係で、ビアズレーのパラゴン、名前は忘れましたが南口に岩崎千明氏(この名前を知っている方はかなりのお年かな?)の店があって、綺麗なおねいさんとジムランの爆音でおぼえています。ビアズレーも結構爆音でしたが、あの爽快感はスポーツのそれに似ていましたね。ジャズ喫茶は好んで訪れていたわけではないので、店名はあまり覚えていません。長いあいだひっかっかていた店のひとつに、吉祥寺の今はパルコの前、JRの高架橋下の地下にあった店が気に入っていましたが、ご多分に漏れずいつの間にかなくなって恩讐の彼方です。70年代の話です。
なくなった話ばかりですが、この間神保町に行ったら総ガラス張りでJBLのSPがたいそうな音でなってる新しいジャズ喫茶に出くわしました。
これからのご時世なかなか大変だとは思いますが、長く存続して欲しいものです。冗長多謝。
by ukim (2009-10-24 12:38)
なんと偶然というか、奇遇というか、凄いですね
「昔行った事のあるところが○○だった」なんて素敵な思い出になりますね
by 駅員3 (2009-10-24 14:46)
tempoさん
こんばんは
デビュー作「風の歌を聴け」はあのお店で書かれたのですか。
昔読んだ記憶があるのですが、ストーリー、ほとんど忘れてますね。
また、読み直してみようと思います。
スタン・ゲッツ、ジェリー・マリガンがお気に入りのようですね。
by 空兵ーS (2009-10-24 22:05)
dorhamさん
こんばんは
私が国分寺の「ピーター・キャット」を訪れた頃は、dorhamはまだこの世に存在してなかったかもしれませんね。
しかし、dorhamさんのコメントのお陰で、村上さんの「ピーター・キャット」へ行っていたことがわかって、嬉しかったです。今まで気づかなかったのもうっかり過ぎますが。
村上春樹さんのジャズの好みには作家独特のスタンスが反映しているように思います。こてこての黒人ジャズとか、みんながあまりにもよいと言うものは避けておられるようなところがありますね。
by 空兵ーS (2009-10-24 22:23)
たいへーさん
こんばんは
私が70年代を過ごした東京は、第二次ジャズ喫茶ブームといった感じでどの街でも花盛りでした。いい若者が昼間から暗がりのお店にたむろして、黙りこくって大音量のジャズを聞いていましたよ。お店の雰囲気もさまざま、オーディオシステムもいろいろ個性がありましたね。
今でも残っているジャズ喫茶は、もう少しライトな感じで、音量も小さくおしゃべりも出来る雰囲気になってます。
そういう意味では、村上春樹さんのお店は、時代をかなり先取りしていたのかもしれませんね。
by 空兵ーS (2009-10-24 22:31)
ukimさん
こんばんは
当時吉祥寺はもう高架になっていましたが、国分寺あたりはどうだったか忘れてしまいました。
ukimさんもビアズレーに行かれたことがおありですか。ビアズレーのブラックで統一された硬質な室内、パラゴンの低音が腹に響きましたね。
私はいちばんよく通いました。
岩崎さんは評論家としては存じていますがお店は覚えがないですね。確か急逝されたんでしたね。
吉祥寺のお店はオーディオに凝ったお店かファッショナブルにふった店かどちらかでした。MEG、ファンキー、もっとあったのですが思い出せません。また、調べておきます。
by 空兵ーS (2009-10-24 22:45)
駅員3さん
こんばんは
約35年後の今頃、気づくと言うのもねぇ。
そういう縁だったのでしょうか。
こんなことがあると、もともと嫌いな作家ではないのですが
より親しみを感じるようになりますね。
by 空兵ーS (2009-10-24 22:50)
おぉお〜すごいっ! 35年越しの発見、なにかに引っ張られるよーにして宝物を見つけたよーな、そんな感じですねぇ☆
話は変わりますが、下北沢にあったジャズ喫茶の「まさこ」が先日長期休業(閉店)してしまいました。残念です。
by FUCKINTOSH66 (2009-10-25 02:11)
こんにちは。
マッチ箱収集、私もしてた一人です。村上春樹さんとJAZZの深い関係を知ったのは「1973年のピンボール」からでした。
店に一枚も置いてないアーティスト名にとても興味が湧きますね。
店が無くなってても中央線沿線のお店巡り時間かけて一度したくなりました。
by クンツ (2009-10-25 10:43)
こんばんは、プリウスです。
本日出身校の学園祭に行って来ました。思い出の喫茶店はすでに閉店、
旧友にも出会えず、・・・でも「音響研究会」というクラブの後輩と色々と
オーディオの話を、青春が蘇りました。12名の部員の中でレコードを
聴くのはたった一人だそうです。みんなPC音源、時代の流れですね。
by プリウス (2009-10-25 17:43)
こんにちは。
村上春樹のジャズ・エッセイは興味があります。
ポートレイト・イン・ジャズのチェットはどんなんでしょうね・・・
彼の中性的なボーカルと晩年の枯れていく歌声、対照的でありながら聴き入ってしまいます。
イラストレーター、和田誠さんの挿絵も素敵ですね。
昔に行ったジャズ喫茶、MJGがよく流れていました。。
by kasumi (2009-10-25 19:20)
FUCKINTOSH66さん
こんばんは
事実は間違いなくそこにあったわけで、それに気づくか気づかないか
或いはいつ気づくのか、35年もかかる縁が面白いですね。
そうですか。「マサコ」閉店ですか。私が行っていた頃からしてもそれこそ35年になるので、よく続けられた方だと思います。不思議な感じのする強烈に個性的なお店でしたね。
by 空兵ーS (2009-10-25 19:39)
クンツさん
こんばんは
今やマッチ箱自体がほとんど存在しませんが、かつては個性のあるデザインのマッチ箱があって、集めるのが楽しみでしたね。ジャズ喫茶のマッチ、もっと集めていたつもりだったのに、同じのが幾つもあって、意外と少ないのが残念です。
村上春樹さんとジャズ、私は何で読んだのか覚えがないのですが、たぶん何かのエッセイだったと思います。
中央線沿線、昔は一駅ごとにジャズ喫茶が幾つもありましたね。今はほんとに数えるほどしか残っていないのだろうなと思います。
by 空兵ーS (2009-10-25 19:46)
プリウスさん
こんばんは
思い出の喫茶店は閉店、旧友にも会えず残念でしたね。
変わりに若い人とオーディオの話が出来たのは、
また別意味で新鮮で実り多かったのではと思います。
PCによって、音楽がより手軽に持ち歩けたり取り扱えるようになったのはいいことなんでしょうね。でも、世の中がそうなって行けば行くほど
アナログの良さはますます際だってくるような気がします。
by 空兵ーS (2009-10-25 20:08)
kasumiさん
こんばんは
「ポートレイト・イン・ジャズ」は和田誠さんのイラストの魅力もあって、大変楽しめる本ですよ。当然ですが、印象や好みが一致するわけではありませんが、村上さん独特の視点や言い回しが面白いですね。チェット・ベイカーは・・・読んでみて下さい。
私は図書館で借りたのですが、気に入ったので手元用に文庫本の方を買うつもりです。
札幌には、今も「シャルマン」というジャズ喫茶が健在だそうですね。30年ほど前に私が行ったときとは、場所が変わっているそうですが。
by 空兵ーS (2009-10-25 20:23)
国分寺のジャズ喫茶では
「プー横丁の家」が、少し駅から離れた所に移転して
今も ありやすな・・・・・
by ぼんぼちぼちぼち (2009-10-25 21:09)
ぼんぼちぼちぼちさん
こんばんは
「プー横丁の家」ですか。
1975年の私の資料には載っていないのでその後に出来たお店なんでしょうね。ジャズ喫茶、年々減っていく中で頑張っておられますね。
by 空兵ーS (2009-10-25 21:21)
村上春樹は大好きな作家で学生時代から読んでました。
私の記憶だと、このお店にはピンボールマシーンがあったようなことを、氏の作中で見たような気がしますが、どうだったんでしょうねえ。
「ポートレイト~」では、カウントベイシーの紹介文が好きです。
by bigryu (2009-10-29 00:32)
bigryuさん
こんばんは
ピンボールマシーンねぇ、さすがに覚えていないのですが私の古いノートの記述には
「インテリア、調度品もしゃれている」とあるので、多分この調度品の中にピンボールマシーンが入っていたのかもしれません。ただ、当時の私はその遊具の名前の呼び方がわからなかったのかもしれません。
「ポートレイト~」の中の村上さんの文章は、当然とは言え私の印象と違うところもあって、面白かったので文庫本を買いました。折に触れ、繰り返し読んでいこうかなと思ってます。
by 空兵ーS (2009-10-29 21:25)
千駄ヶ谷にピーターキャットが移転した後、行ったことが何回かあります。当時、ジャズ喫茶のマッチを収集しておりまだ手元にありました。
表には猫のイラスト、裏側にはMusic Spotとしか書いておらず、地図、住所、電話番号などは一切書いてありません。
そこも好き、嫌い、来る、来ないは客の自由といった感じで押し付けがましくなく村上さんらしい気がします。
正直ジャズ喫茶というよりもジャズカフェという感じでしたね。
by Shoot Arrow (2009-12-03 23:35)
Shoot Arrowさん
こんばんは
コメントありがとうございます。ピーターキャットはその後千駄ヶ谷に移転したんですか?村上春樹さん、「風の歌を聴け」ですぐ作家になられた印象がありましたが、もう少しお店やっておられたんですね。
Shoot Arrowさんもジャズ喫茶のマッチを集めておられたんですね。残念ながら、私はピーターキャットのマッチ持っておりません。
国分寺のピーターキャットもヘビィな感じではありませんでしたね。
by 空兵ーS (2009-12-04 20:37)
訂正、追加しました。(長文です)
ピーターキャットは、ベストセラー作家である村上春樹氏がオーナーであったジャズ喫茶で、彼の年表によるとまだ早稲田の学生であった1973年に国分寺でオープン。1977年に千駄ヶ谷に移転し、作家デビュー後忙しくなったため1981年に手放したとのこと。引越し好きで有名な村上氏は店まで引っ越したのだ。
彼のエッセイで開店までのいきさつなど度々触れていることにより、ピーターキャットはある意味日本一有名なジャズ喫茶かもしれない。
場所はJR総武線・千駄ヶ谷駅の国立競技場口から、鳩の森神社に向かう途中の瀟洒なビルの2階であった。店の名前の由来は村上氏がかつて学生時代飼っていた猫、"ピーター"から。ちなみにピーターとの出会いから別れまでに関しては、「うずまき猫のみつけかた」で詳しく記述されている。
僕は確かスイング・ジャーナル誌かジャズライフ誌の広告でピーターキャットを知り、1979年夏に千駄ヶ谷の神宮プールに泳ぎに行った帰りに寄った記憶がある。
村上氏1979年6月に「風の歌をきけ」で群像賞を受賞し、まさにベストセラー作家への道を歩みもうとするスタート時点にあたるが、当時の僕はもちろんそんなことは知る由も無かった。
外階段で2階へ上がり扉を開けると、店内は周囲が見渡せるガラス張りの明るい雰囲気で木製のテーブルと椅子が並んでいた。
音楽のボリュームは控え目でもちろん談話可能。メニューに関しては店のコンセプトからして食事もあったのであろうが全く記憶にない。また音楽もジャズのみならず当時流行っていたクルセイダース、ボブ・ジェームス、リー・リトナーといったフュージョン・ミュージックも流れており、敷居の高いジャズ喫茶というより誰でも気軽に入れる今風?に言えばジャズカフェといった感じである。
当時、高校生であった僕はジャズ喫茶のマッチを収集しており、ピーター・キャットのマッチもまだ手元に残っている。ブック型マッチの表面には、ルイス・キャロル原作「不思議の国のアリス」に登場するジョン・テニヨルによる有名なチェシャ猫の挿絵が使用されている。折り目のところに電話番号、裏面にはMusic Spotとだけ書かれており、住所や地図は書かれていない。それも好き、嫌い、来る、来ないは客の自由で押しつけがましさがなく、村上さんらしい気がします。
by Shoot Arrow (2009-12-06 02:42)